清水哲男写真展『野良の群像 Backstreet Cats』 俺の撮った猫は可愛くない4月29日(水・祝)〜5月8日(土)
清水哲男写真展 『野良の群像 Backstreet Cats』 俺の撮った猫は可愛くない 京都会場 @JARFO京・文博 4月29日(水・祝)〜5月8日(土) https://fb.me/e/3AlJikMyL 空前の猫ブームだそうだ。 ブームを超え、なんだか「ネコノミクス」と呼ばれる巨大な経済圏を形成しているという話もある。驚いたが、2026年の猫の経済波及効果は約2兆9,488億円に上ると言われている。これは、2025年に開催された大阪・関西万博の経済効果(約3兆円)に匹敵する規模だそうだ。市場でいうとキャットフードや医療費だけでなく、コンビニの限定スイーツ、ハイテク家電、住宅メーカーの猫共生型マンションなどへのひろがりを見せていると。猫の「QOL(生活の質)」を重視し、「飼う」より「一緒に暮らす」という傾向が強いのだと。実際、野良猫の数は劇的に減っているし、殺処分される猫の数も同様に激減している。それはきっと猫も幸せなことだろうと……。 野良猫と呼ばれていた猫たちは、ボランティア団体や行政によるTNR活動(捕獲して手術し、元に戻す)の普及により、地域猫、まち猫、さくら猫という呼び名に変わり、人間の手で完璧近くコントロールされているという。外で生まれる子猫の数が抑制され、野良猫が減っていくのは当然だ。その結果、一代限りの命として地域で見守られる猫が定着してきた。それでもきっと猫にとっては幸せなことだろうと……。 でも、と私は思う。地域猫、まち猫、さくら猫、どんな名前で呼ばれるかは猫たちにとってどうでもいいことだと。捕獲して手術し、元に戻して呼び名が変わる。これは人間にとっては「救済」や「共生」の象徴だが、猫たちからすれば、生殖という生物の本能を断たれ、なおかつ過酷な路上での生活を継続するという現実がある。まちで、路上で生きていくことに何も変わりないのだ。人の都合で呼び方を変えても、野良は野良だ。 私もよく猫を撮る。まちや野にいる猫たちだ。彼らを見て可愛いという人がいるが、それは人間の上から目線以外の何ものでもない。彼らの置かれた環境は呼び名が変わっても厳しい。人に懐く猫たちは稀で、多くは敵愾心を持ち、緊張感をみなぎらせて生きていると私は思っている。 経済波及効果が万博を上回ろうが、いろんな産業に猫関連の市場がひろがろうが、猫には関係のないことだ。 ...